2014年3月3日、
集団ストーカー事件について…。

人生に何事も無く幸せに生きてきた方にとっても、
また苦労された方にとっても
少々過激な内容なのでここに載せる事にしましたが、
これは集団ストーカーの被害者が
世界のどんな境遇にある人間より憐れだ
という事実を示す文章です。
ご了承下さい。
それでも世界は無視するでしょうが
これも反論には受けて立つつもりで、
もしも彼らが集団ストーカーの被害を否定したり、
それでも別な不幸人よりはましだと言うなら、
皆論破する自信さえあります。

ではまず、本当に苦労された方はともかく、
最近のテレビ番組には
芸能人の苦労話が目に付きますので、
その真似をしてみましょう。
そう良くテレビでやるように
被害者の人生の浮き沈みを表に表せば、
最高を100、最低を0と定めたとして、
私の人生は以下のようになります。

0歳の頃…30点、5歳の頃…15点、10才の頃…30点、
15歳の頃…35点、20歳の頃…30点、25歳の頃…5点、
30歳の頃…10点、34歳の頃…0点。
要するに谷を彷徨いそこに起伏があっただけですが、
具体的には以下です。


0歳の頃…30点
幼い頃は物心もつかず
ただ本能のままに生きていますので、成功も挫折も無く、
衣食住のありがたみも分からず、こうなるでしょう。
それでも私の家では、祖父母と父の折り合いが悪く、
両親と古いアパートに住み、
夜中に寝ぼけてトイレへ行き
そこで便器の外に用を足してしまった時も、
たった一つの漢字を覚えられなかっただけでも、
中々箸の持ち方を覚えられなかっただけでも、
酷く怒鳴られ、
知れば父が癇癪を起こすので
密かに祖母から買ってもらった、
当時流行っていたあるアニメに出てくる
竹刀の三倍ほどの重さもある棒で、
何度も何度も泣きながら頭を殴られる等していたので、
幸福ではなかったでしょう。
母も自分が気に入らないと子供が睨んだだけで
父に説教させ、彼はそれがある度ほぼ彼女の味方をし、
何時間も怒鳴り、殴り、抵抗できなければ情けない、
抵抗すれば生意気と私を虐めてきましたので、
こういう点数です。学校から帰っても、
酒乱でもないのに怒り狂うその父が帰って来るか、
今日の機嫌はどうかばかりを気にして生きる日々です。
これでは貧乏でも優しい親に育てられた方が
ましではないでしょうか。
当時からそう思っていました。

5歳の頃…15点
この頃になると祖父母の実家に移り住んでいますが、
一番記憶に残っているのが、低学年の頃忘れ物をした時、
皆そうしていたので私も家に電話し
持ってきてもらおうとすると、それには父が出て、
「何忘れ物した?じゃあ忘れていけば良いだろ。」
と言われた事です。
当然幼い私は、忘れて行けと言われても、
学校で使う物が無いと困るので、
しばらく黙ってしまいましたが、
忘れていけば良いというのは、
虐めみたいなものでしょう。
また家での親も変わらず、私が懐かなかったからか、
小さな事で怒鳴られ殴られはこの頃も同じです。

10才の頃…30点
この頃になると
友達の家がどうかに気付き始めていますので、
自分がいかに不幸か、酷い扱いを受けているかも知り、
それでも何とか優しい祖母に慰められ生きている、
という状況でした。
怒鳴ったり殴られたりする度、
それを聞いて来た近所の人や
祖母に止められていたのだけは憶えています。
ただ今になって余り記憶に無いのは、
想像の世界に逃げ込み絵を描くのが好きで、
学校でも目立たず、
厳しくされたにもかかわらず勉強もできず、
スポーツもダメで、
仲の良い親戚とその子である従兄弟が来ても
その時だけ優しいふりをする親が居て、
それでもお前の為だと
誤魔化されていたからかも知れません。
その従兄弟が来た時で一番記憶に残っているのが、
父が強過ぎるからという理由でトランプを断ると、
同じように怒鳴られ、情けないと侮辱された事です。
そういえばテレビゲームも禁止されており、
生まれた時から全て頭ごなしだったので、
ほとんど逆らわなかったと思います。
それをずっと男らしくない、
情けないと言われてきました。

15歳の頃…35点、
この頃になると家は諦め、
学校生活の方に重点を置いていたような気もしますが、
ほとんどうつ状態になっていたはずです。
一時友人に仲良くしてもらったはずですが、
それも中学一年までで、私も暗く
気味の悪い目で意味の分からない事をしていたので、
話す相手もほとんどいなかったでしょう。
勉強もスポーツもダメで、暗く気味の悪い自分。
またここに来て初めて集団ストーカーの事を書きますが、
今思えば彼らから見ても、
それを自覚して生きる私を見ているだけで良く、
虐める必要も無かっただけでしょう。
塾に行っても同じで、
一体何の話をしているのかまったく理解できず、
早く家を出たいとそればかりを考えていましたが、
怒鳴られ続けその想いを吐露すると、
誰のお陰で生活してる、お前が稼ぐのか、
とまだ中学生の私に言っていた
情けない父を思い出します。
確か一度この頃の事を、叩き過ぎた、
と謝った事がありますが、
それさえしばらくしてまた怒られた時、
取り消す、お前なんてやられて当然だ、と言われ、
深く傷ついたのを覚えています。
よってこの頃も幸福とは言えませんが、
まだ集団ストーカーを知らなかっただけ
ましかも知れません。

15歳の頃…35点
高校生にもなると大人しい私もついにグレますが、
それでもこんな親に育てられてきたので
そう悪い事もできず、せいぜい友人とタバコを吸い、
自転車を盗んで下校するという程度でした。
トラウマとうつのせいで近い学校は受験できず、
少々はなれた学校へ通っていたのです。
それでも親の態度は変わらず
ここまで書いてきた通りです。
またもしかすれば集団ストーカーも、
標的の私を当時まだ不良校だった恐ろしい環境に任せ、
あまり攻撃しなかったのかも知れません。
新入生歓迎会には、風邪でもないのにマスクをし、
剣道の師範とは真逆の立場なのに木刀をも持ち、
スマートなのに太いズボンをはいた方々が
大勢いらっしゃいました。
それでも優しくしてくれる方も居ましたが、
やくざに絡まれるだとか、
結局熱血な先生方に止められたとはいえ、
学年対抗戦に誘われるだとかの経験はしています。
ただ卒業旅行でタバコが見つかり、
反省文を書かされた時には泣いてしまいましたので、
今思えば何より親が怖かったのかも知れません。
しかもその後弟に上げたお土産も、
親に言われた彼から返されましたので、
それも悔しかったのを憶えています。
当然この時も恋人は無く、
よいよ集団ストーカーの被害が表面化します。
結果私は二週間の不登校に陥ったのですが、
その理由は、何となく学校の雰囲気が嫌だとか、
何所で何をしていても
馬鹿にされているような気がするだとか、
無視されているような気がするだとか、
その程度だったように思います。
今思えば、仄めかしの始まりです。
つまりこれは被害者に、
近くにいる人間のある言葉だけを大きく聞かせたり、
その言葉を身体操作で使わせたりする事で
起こるのですが、その密度はまるで
自分が、一切ギャランティーの無い
騒ぎを起こした大物芸能人にでもなったようで、
冗談になりません。うつ感覚もありましたが、
今となってはその病気のほとんどは、
彼らが人体に与えた影響の一つであると分かります。
そうこの事は、
軽度の被害を受けた方から重度の被害を受けた方まで、
同じだと考えていますが、
実際にどうなのかは分かりません。

20歳の頃…30点
やっと親元を離れ上京する事ができた私ですが、
社会へ出るとそこでも酷い目にあいます。
それでもこの警備員時代がましだったのは
優しい先輩と仲間のお陰だったでしょう。
でもその分、あの夏も意外に寒い冬も外に立ち、
東京中のどこへ行っても仄めかしがあり、
どうしても馬鹿にされているようにしか
感じなかったので人目も憚らず怒鳴り、喧嘩し、
眠気を堪えて寮へ帰る日々でした。そう仲間には言わず、
自分がとてつもない力に悩まされている事を隠し、
我慢して生きていたと思います。
一番辛かったのは、もう三年もいたその派遣先から、
卒業のような意味で出された事。
そこはとても素晴らしい環境でしたが、
被害が深刻化した私は仕事を覚えられず、
ただ皆に悪いと感じながら日々を過ごしていました。
この時の私から見れば、うつ病も、被害も無く、
全て自分の責任です。
それがどれ程辛いか、人でなしには分からないでしょう。
ミスをする度自分の顔を殴っていました。
またミスをするかも知れない、
またミスをするかも知れないと思いながら
職場へ行き、
あとは極々たまに何事も無い日があっただけです。
この職場での被害は今も続いていますが、
本当に人間の尊厳を踏みにじる行為で、
要するに今までの傾向を見る限りでは、
馬鹿にされ笑われているか、
一生懸命やっても絶対に報われないかのどちらかです。
またこの時、
一生懸命出会い系サイトをして知り合った彼女にも、
突然別れを告げられています。
田舎であれだけ不幸にしてやったのにと、
集団ストーカーの目が
また私に向けられたのかも知れません。

25歳の頃…5点
突然一桁になったのは、
二十三歳の時、頭の中の声に気付いたからです。
つまり彼らの存在に気付いたと言っても良いでしょうが、
初め彼らは自分達の事を善人と言い、
何も気付かずに生活してきたお前が悪いと、
当時コンビニ店員だった私に
立て無い程の体調不良を与え、睡眠妨害をし、
誰でもあるような過去の罪を上げ、
罪の意識を利用して帰郷させています。
また外から見れば、帰ってからしばらくは
何事も無かったように思えるでしょうが、
その時もある芸能人のファンを辞めたばかりで、
彼ら頭の中の声は、その人と結婚しろと迫っていました。
まったく意味が分からないでしょう。
今でも言い切れますが、
私などが相手ではと真面目に考え、
ずっと断っていました。でもそれに対する腹いせなのか、
彼らはその人を、
ファンとしては到底納得できない人間と
結婚させたのを憶えています。
勿論本人や周りは無意識で
納得していたのかも知れませんが、
例えば某・色男ばかり在籍する事務所の
一番人気の人物が、
それまでは無関係だったはずの
太って性格の悪そうな老婆と結婚したら、
どうなります?
きっと殺人事件が起きます。
そう正直もっと素晴らしい人物と結ばれて欲しかった。
………と話が脱線してしまいましたが、
またこの時の親も少しずつ前の態度に戻り、
精神病だと認めさせようとしたり、
『一生、結婚も出世もしなくて良い』
等の暴言も吐き、私を苦しめています。
そう上記で分かる通り
いい加減頭にきた私が強くでるようになると、
今度はどうしようもない経済や、
職場の上司などを使い、攻撃してくるようになりました。
こういった情けない残虐行為をする者を擁護するなら、
あるいはこの文章にも文句があるなら、来れば良い。
今迄来た奴は、暴走族だろうがやくざだろうが、
夜中に人気の無い駐車場で二人きりになっても、
目の前から消え、
ハバロフスクの夜を歩いても襲って来ず、
絡んできても後で上司に咎められ
二度と目の前に現れなかった、なんて事もありましたが。
私が心から敬意を払っているのは
元々性格の優しい人物だけだ、愚か者。
調子に乗るんじゃない。
仕事を辞めてから優しくしても遅い。
そうこうして、
普段は誰にも優しいはずの人間に攻撃され、
彼らを怨み続ける人生の、何が良いのですか?
今では必要なら某諜報機関の拷問にも耐える程
強くなってしまいましたが、
それすら誰も知らず、
私の人生には不必要なものなのです。
ただ強引に夢も希望も奪う者が居るから、
それに負けないようにしているだけ。
最悪の人生と言っても良いでしょう。
それは何故か。

どんな酷い目に遭った人間にも、
成功する希望があるからです。

三十数年も生き当たり前の幸福さえ手にできず、
それが集団ストーカーのせいで、
その直接の加害者から残虐行為と
堪えがたい挑発と侮辱を受け続け、
後に絶望しかない人間がどれ程の覚悟をしているか、
誰にも分からないでしょう。
そう簡単に説明すると、私もゴキブリは嫌いですが、
それのつまった瓶を裂いた腹に押し当てられ、
火で炙られても、
私は自分の子に虐待したり、
仲間を裏切ったりはしません。
そこで交渉するか、それが無理なら抵抗を続けます。
まあ当然逆恨みばかりする集団ストーカーに言わせれば、
それも不幸の原因なのでしょうが、
この時既に夢の中で犯されるという事も味わっており、
また声も
『お前の恋人や好きになっただけの奴らも、
みんな犯してきたから。』
と毎日挑発していましたので、
普通の男でもされているものを、
女性なら当然されていると考えるのが普通でしょう。
普通ではあり得ないでしょうが、
貴方も味わえば分かります。
そんな者が今も嫌がらせと侮辱を続け、
裁かれもしないのに、赦せる訳がありません。
そして当時から受けていた被害を列挙すると、
勿論おそらくですが…
睡眠妨害、ネガティブ感覚挿入、
一日中吐いてしまう程の激しい吐き気、
声を使っての侮辱・挑発、
親を使っての、無意味な苦痛でしかない規則を作る、
些細な事での折檻、要求などの追い込み、
それに加え精神病だと認めさせ、
集団ストーカー等などあり得ないと嘲笑う行為、
深夜に騒音を出す車を走らせる行為、
職場でのあらゆる仕事妨害と上司や同僚のパワハラ、
そうして辞めた後に無職である事を親に責めさせる行為、また折檻等ですが…、
この嫌がらせはここからまだまだ増えます。
こう当時でさえ、
何故か運動は続けるよう促されていましたので、
親を殺すか、その辺の人間と喧嘩でもさせ、
犯罪者にするつもりだったでしょう。

30歳の辺り10点
つまり現在の事ですが、上記に<加え>最近では…
一月に一度の間隔で
しかもウイスキーやブランデーを飲んでいるのに、
一切酔えなくされ、性的快感の喪失と、
文章を邪魔する行為、パソコンの異常、
異臭を作られる行為、
そして今度こそ補償するからと騙す行為と、
おそらく上記全てを使っての、被害者を孤立させ、
あらゆる幸福を奪う工作を受けています。
要するに人生から
救いという救いを奪いたかったのでしょうが、
それでも被害者が騙されてしまうのには、
明確な理由があります。
それは、例えばネガティブ感覚一つとっても、
何をしても気持ちが晴れないのですから
辛いのは当前で、それを加減するだけでも、
もしかすればと思ってしまうからです。
また常識で考えて下さい。
被害者との決別と自己の成長、そして被害者への補償は
彼ら情けない集団ストーカーに
とって無くてはならないものですので、
こんな事をしでかしてしまったら全てを改めるのが…、
普通でしょう。
それ程酷い事をされてきたのです。

想像してみて下さい。

貴方の恋人や子も、
集団ストーカーの被害に遭ったとすれば…。

例えばその娘さんが、
高校を卒業してすぐ貴方の元から離れ上京し、
それでも歌手になる夢を懐き、
コンビ二でアルバイトをしていたら…。
貴方がどんなに心の優しい人間でも、
集団ストーカーというものを知らなかったり、
寧ろ知り恐れていれば、
彼女に物心がつく辺りから
何故か顔を合わす度胸には不快感が起こり、
何を言われても可愛いと思えず、遠ざけ、
たまに話しても勉強しろと言うだけで、
どれ程勉強や部活動で良い成績を出しても、
褒める気にはなれません。
たとえば勉強ができても横柄に見え、
運動ができても危険だったり、
女性らしく無かったりと、
どう考えても良く思えないからです。
ですが彼女は、
学校でも数人の友達と話すだけで、実は虐められ、
何をしても嫌われ、馬鹿にされ、笑われ、
たまに教師に気遣われても虚しく、
結果大学へ行くのも嫌になり、ついに上京を決意します。
親子仲が良くなかったので手紙や電話はほとんど無く、
その間にも彼女は、
金欲しさに付き合うような男に良いように扱われ、
町で歌っても…何故か誰一人それを聴くものは無く、
職場ではいつも使えない奴だと言われ、
それでも生きる為、
毎日アスファルトを見ながら出勤します。
ですがそんなものが長く続くはずも無く、
ファストフード店や花屋、
レストランのウェイトレスやテッシュ配り等
次々と職を変え、そこでもただ迷惑がられ、
ただ、苦労した分人は好いので、
たまに詐欺に騙されたりもするでしょう。
どんなに尽くしても恋人や友人は不可解な理由で離れ、
貯金でやっと買ったバイクはミラーを盗られ、
相変わらず誰一人として立ち止まらない中で、
路上ライブです。
もしもそこで立ち止まるものがあったとしても、
本人が望まない職業へのスカウト。
結果彼女は、
憐れにも莫大な借金と不幸な思い出ばかりを抱え、
実家へと帰り、そこで生活保護です。
そんな状況なので彼女は人生を捨てますが、
真面目な貴方は理解できず、家族も不和のまま。
人生には夢も希望もありません。
そんな事ありえない…という事が、
何故かその人にだけあるから、
集団ストーカーの被害と言えるのです。

そしてここからが本題で、
人によっては耳を疑うでしょうが、
被害者は、被災者より、
猟奇殺人鬼に犯され殺された少年少女より、
戦争を体験した兵士より、憐れであります。

例えば被災はどうでしょうか。
その辛さは想像を絶するでしょうが、
相手は自然であり、
周囲の人間も同じ目に遭って悲しみを分かち合い、
何かあれば常に助け合って、町の復興を目差します。
勿論不満も沢山あるでしょうが、国から補償も出ます。
そうだ恋だってできるではありませんか。
それで運が開ける事もあるかも知れず、
隠れた才能を発揮する方もいます。
それは自然はどうにもなりませんが、
責める相手さえ、誰もが知るところであります。

対して、被害者を見て下さい。
どれ程酷い目に遭っても世間は無視です。
身体、精神、経済は愚か
ありとあらゆる被害をこうむってもです。
怒りをぶつける相手は法外の輩。
頭の中から、声と力で干渉してくるだけで、
また私達が何をしたという気持ちさえ、
集団ストーカーの被害者の方が強いでしょう。
実際何もしていないのに、激しい攻撃と侮辱に晒され、
あろう事かその直接の加害者から、
挑発も受けているのですから。
その上分裂工作も受けていますので、
周囲の人間と悲しみを分かち合う事さえできず、
広い世界で自分だけがその苦痛に耐えているのです。
これでご理解下さったでしょうか。

では例えは、猟奇殺人鬼の被害者はどうでしょう。
普通の人間であればどんなに笑顔を絶やさない者も、
泣き叫び、最後には殺されるか、
もしも生きていたとしても
重度の障害や心の傷が残ります。
ですがそれさえ、世間的同情も得られ、
生きて諦めなければどんなに大きな夢さえ叶い、
生活保護などで国から補償も出ますし、
家族や友人は生涯その人を大切にするでしょう。
それが法治国家というものです。
そう被災者同様、恋愛も結婚も可能です。

対して、集団ストーカーの被害者はどうです?
確かに彼らを縛る法律はありませんが、
憲法には違反しているのではありませんか。
そう被害者は、見た目には貧しいだけで、
体に大きな傷も無いかも知れませんが、
普通に生活しなければならないこの社会の中で、
非情な精神拷問を受けているのです。
そこで普通に見せる事ができなければ、
甘え、社会の屑、頭がおかしい、電波系、
馬鹿、怠け者、気持ち悪い、臭い、
と容赦の無い言葉や、そう言った態度を見せる世間。
国から何の補償も無く、
知っている家族や友人は、
本人を犠牲にして自分だけは助かろうとし、
知らない家族や友人は、
本人が狂ったようにしか見えないでしょう。
犯罪撲滅を決意して講演会を開いても、
そこで聞くのは被害者だけです。

では例えば、戦争経験者はどうでしょう。
これも、人によっては多くの家族や友を失い、
人生を失ってしまう過酷さでしょうが、
周囲の人間と同じような状況にありますので、
その意味でだけ言えば被災者の方と同じであります。
これは小説にも書くつもりでいますが、
周りが皆、餓えている中で、
一欠けらのパンしか食べられないより、
周りが皆フルコースを食べている中で
カップラーメンしか食べられない方が、
よほど辛いという事をご存知ありませんか。
中にはその功により
未だに国から補償を貰っている方も居ますし、
それを本にする事もできます。
目の前で恋人が犯されたら、後で復讐する事も、
その場で殺す事だってできるでしょうし、
食料だって奪われたら奪い返せば良いんです。
戦って死ぬ事の何が不幸なのです?

対して被害者を見て下さい。
復讐や訴える事は愚か、
相手と戦って死ぬ事さえできないのです。
銃弾の雨をくぐると何なのでしょうか。
誰もその名誉を奪う事はできません。
家族の絆を犯す事はできません。
真の友情を辱める事はできません。
集団ストーカーの被害者が奪われているのは、
人生のそのものであります。
そうこんな人生しか望めないなら、命なんていりません。
いっそ私も正義が無いと分かった瞬間に、
殺してもらいたかった。
彼らはそれさえせず、
補償もせず、加害者を処罰もせず、
その上こんな人生で満足しろと
挑発までしているのです。
これ程赦せない事はありません。

よって、世界で一番憐れなのは、
救われるべきなのは集団ストーカーの被害者ですが、
世界は主に上記の方々や、
病気に苦しみ方を救うばかりで
我々には見向きもしません。その何が正義です。
このただの貧乏人である私が、
世界一残虐で強大な敵に抗っているというのに…。
つまり私が言いたいのはそれですが、
これが真実だという事は、
一年前から始めた私のフェイスブックに
何の反応も無いという事実からも、良く分かるでしょう。
しかもそこに載る友人とは、
まだ数年ですが私と同じ被害に苦しんでいる方です。
長々と失礼しました。

2014年3月6日、
突然ですが、私が彼らに
何年かに一度言われている事を載せます。それは
「貴方を幸せにすると
集スト達までそれを味わってしまうでしょう。」
という事ですが、
こういった理由で私の幸福を望まない者も、
絶対に赦しません。それに良く考えてみれば、
私の頭の中でしか何かを出来ない、
取り付いた者の幸福を奪えないなんて、
馬鹿な話は無いでしょう。
誰の所にでも好きに出入りし、
好きな事をするのが集ストというものです。